農業のこともリンゴ栽培のこともほとんど知らなかったわたしは、まずは木村さんの本をもとに、基礎からリンゴ栽培を学ぶ必要がありました。
本には、従来どおりの栽培をしていた畑から自然栽培の畑に転換したとき、リンゴの実がなるまでには7年かかる、と書かれています。
これだけでも、自然栽培が容易ではないと想像がつきます。
しかし、現実は想像を遥かに超えたものでした。
ご存知の通り植物は光合成によって自ら栄養を作り出します。 光合成を行う場所は、葉の中の葉緑体です。 太陽の光を浴びると、葉緑体で水と二酸化炭素が糖になります。 できた糖をエネルギー源として植物は成長し、実や根などにその栄養を蓄えていくのです。
わたしの畑ではその大切な葉が、なくなっていました。
農薬を散布しない畑は、虫たちにとって三ツ星シェフが腕を振るうレストランのようなものです。
リンゴの葉に虫たちは群がりました。
すべての木のすべての枝に毛虫が発生し、何万匹という圧倒的な数でモリモリと葉を食べていました。
農薬を使わずに虫に抗おうとすれば、1匹ずつ手で取り除いていくしかありません。
しかし、取っても取っても、毛虫は次から次へと現れました。
とても取り切れる数ではありませんでした。
終わりのない毛虫たちとの戦いに疲れ果て、しばらく放置しているうちに、毛虫たちはすべての葉を食らい尽くしてどこかに消えていってしまいました。
1年で最も葉が茂るはずの季節。 これから栄養を蓄えていくはずの季節。
さんさんと降り注ぐ太陽のエネルギーを受け取る葉もなく、枝だけになってしまった木が立ち並ぶ光景に、ようやく夢から覚めたような気持ちになりました。わたしはとんでもないことに挑戦してしまったのではないか。
冬枯れのような畑を前にして、愕然としました。
そんなことを繰り返しているうちに、毛虫の発生はある程度予測がつくようになってきました。
虫の一生のサイクルに目が向くようになったからです。
成虫がやってきて、卵を産み付ける。
卵から孵った若齢幼虫は集団で葉を食べる。
その後、脱皮して老齢幼虫になると、あちこちに散らばってさらに葉を食べていく。
次にさなぎになり、そして成虫になる。
何万匹も発生してリンゴの葉を食べ尽くしてしまったのは、体の大きな老齢幼虫です。わたしは成虫がリンゴの木のどこにいつ卵を産み付けるのか、いつ幼虫が孵化するのかが、見えてくるようになりました。 遠目からでも、リンゴの葉が葉脈だけになって光に透けていると、おかしいと気づくようにもなったのです。
透けた葉では、若齢幼虫が何百匹も集まって葉を食べています。この状態で一網打尽にしてしまえば、被害は最小限で済みます。
それをつかんだ頃には、4〜5年が経っていました。
虫は見つけて取ってしまえばよいことがわかったのですが、次に悩まされたのが菌による葉の病気、斑点落葉病です。
この病気は、気候によって左右されます。夏に雨が多く降ると、発生するのです。初めのうち、葉にポツポツと茶色い斑点が出てきます。
病気が進むと、斑点が広がってきて葉が落ちてしまいます。葉だけではありません。枝や果実もこの病気に侵されていくのです。
果実に発生すると、カサブタのような斑点が現れて商品価値が大きく下がってしまいます。
1本の木が病気になると、次から次へと病気が広がっていきます。通常の栽培方法なら薬であるていど斑点落葉病を抑えられるのですが、自然栽培では薬を使えません。
一度葉を失ったリンゴの木は、それでもまだ、生きようと必死です。新しい芽を膨らませ、また葉を開きます。
本来ならばこの葉は、次の春のために用意された葉です。狂ったリズムで葉が開き、春に咲くはずだった花も咲くのです。
リンゴの生命力が咲かせた花は、あまりにも美しいものでした。そして同時に、絶望を呼ぶ光景でした。
次の春に花は咲かず、次の秋に実はならないことを見せつけるものだからです。
そんな経験を重ねるうち、斑点落葉病にかかりにくい品種があることがわかってきました。 また、リンゴには9月ごろに実がなる早生の品種と、11月ごろ収穫する晩生種があります。
仮に夏に葉が落ちるとすると、晩生種の場合、それから実に栄養を送れなくなるため、影響が大きくなります。 しかし、早生種ならもう実はできているので、影響は小さくて済むでしょう。
つまり、斑点落葉病に対抗するカギは品種選びだということに気づいたのです。
耐性のある品種、また、もしこの病気にかかったとしても影響が小さい早生種の苗を選んで、新しく植えています。
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2.リンゴ栽培の開始
4.虫や動物との関係