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 松江の森を歩いていると、しんとした厳かな空気に何かを感じ、思わず背筋が伸びることがあります。
昔の人は、それを神と呼んだのかもしれません。
わたしが野生の麹を見つけるまでに重なった多くの偶然のことは、どう呼ぶのがよいのでしょうか。

やはり、何かの存在を感じずにはいられないのです。ひたすら感謝しかありません。

リンゴの自然栽培 は、わたしの想定よりもはるかに困難なものでした。

葉を食べてしまう毛虫や斑点落葉病、そしてカミキリムシやシカなどと共生していくために、肥料や農薬を使わずにできることを片っ端から試していきました。

解決しなければならないのは、リンゴの自然栽培を軌道に乗せることだけではありません。

消費者に選ばれるオンリーワンの商品を作り出すことが、もうひとつの大きな課題でした。

1次産業の農業と2次産業の製造業、そして3次産業の小売業とをかけ合わせた「6次産業化」が、地方の農業を支える重要なカギになるのです。

それにしても。

オンリーワンの商品づくりだなんて、一体どこから取り組めばよいのでしょう。

だれもやってないことで、農産物がブランド化できるようなアイディアは無いかなと頭を抱えていたとき、ふとひらめいたのが甘酒でした。

水の代わりに甘酒を使って農作物を育てたら、おいしい商品ができるかもしれない。

甘酒は、米麹に水を加えて60°前後で糖化させたものです。

麹の酵素が米のデンプンやタンパク質を分解し、ブドウ糖やアミノ酸、ビタミン類に変えるため、自然な甘みと旨味をたっぷりと含んでいます。麹の力で元の米から消化しやすい成分に変化した甘酒は、「飲む点滴」とも呼ばれているほど滋養に富んでいるのです。

木村さんの提唱する自然栽培では通常、無肥料無農薬で作物を育てます。甘酒は肥料になってしまうので甘酒で育てた作物は自然栽培では無くなります。

しかし、わたしはこの思いつきにワクワクし、試してみたい気持ちでいっぱいになりました。

もし試すのなら、比較的生育が速いうえに付加価値をつけやすいトマトがぴったりです。

もちろんリンゴでもやってみたいのですが、実ができるまでには長い時間がかかりますし、実験規模が大きくなってしまいます。

まずはトマトだ、と思いました。

甘酒をつくるのに必要なものはなにか?わたしはさらに考えました。

自然栽培米は、友人の戸谷豪良(とや たけよし)さんに頼れます。

では、麹は?

スーパーマーケットなどでも「麹」は売られていますし、日本酒や味噌などを作るための麹を提供する「麹屋」さんもあります。

しかし、商品に個性を持たせるためには、普通の麹では物足りないような気がしました。

麹についていろいろと調べてみると、隣の鳥取県には野生の麹菌を使ってパン作りをしている人 や、スイカの花から抽出した麹菌でお酒を作っている人たちがいることがわかりました。

鳥取に野生の麹菌がいるのなら、同じ山陰の島根にもいるに違いありません。

パンを作っている人の話では、野生の麹菌は自然栽培の米にだけつくそうです。

それなら、自然栽培のリンゴ畑の近くにも麹菌がいるのではないでしょうか。

「野生の麹を、リンゴ畑の近くで見つけるぞ。」

新しい挑戦が始まりました。

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